文化相対主義についての覚え書

たまには真面目な話をしてみます。
ネット上で政治的な問題を扱うことについては慎重になってしまいます。理由はよく分からないけど、日本に住んでいる以上政治について語ることは「日本」という国について考えることを含むわけで。きたろーは政治を語る上では「個人」「市民」に価値を置いており、「国家」に最上の価値を置く立場ではないから、「国家」に最上の価値を置く人の声が強い(と思われる)ネット上で時事問題を語るのは危険だと思うからだということにします。
というわけで抽象的な話なら色々とできるかもしれません。
ポストモダンからの影響が強いとされる文化相対主義ですが、その場合普遍的で絶対的な価値の存在を放棄する代わりに、自分が寄るべき価値を喪失することになります。その挙句に文化相対主義は、自身の固有文化の存在の認識という当たり前の帰結を飛び越えて、自身の固有文化の優越性の強調という逆説的結果を招くことになるのです。
これは19世紀ドイツの歴史学派や政治的ロマン主義や20世紀の保守革命派と同じ発想で、国家主義の思想としてはまったく目新しいところのないステロタイプな価値観だといえましょう。
文化相対主義は注目すべき発想だけど、それを固有文化絶対主義と履き違えてしまうと、とんでもないことになりますよ?という話でした。