北方謙三『水滸伝』第2巻

水滸伝 2 替天の章 (集英社文庫)

水滸伝 2 替天の章 (集英社文庫)

 まず原典と大幅に異なるのが、行者武松のエピソード。原典では兄武大の妻・潘金蓮は稀代の悪婦で、極悪非道な富豪・西門慶とともに『金瓶梅』の主人公になるわけだが、北方水滸伝には西門慶が登場せず、潘金蓮は心も美しい女性として描かれます。武松はこの兄嫁に以前から激しい恋心を抱いており、二人の幸せな結婚生活に耐え切れずに放浪の旅に出て、そこで魯智深と出会うという設定。昼メロ張りの三角関係の末、武松を襲った悲劇とは・・・。原典の設定はそれはそれで分かりやすかったのですが、北方水滸伝では武松の悲劇を描くことで、彼を「行者」とあだ名がつくにふさわしい人物像へと肉付けしていくところが上手いと思いました。
 この巻では遂に梁山泊晁蓋が乗っ取り、「水滸伝」の骨格が整い始めます。宰相蔡京への賄賂を強奪し、それを手土産に梁山泊に入って乗っ取るという骨格は原典と変わらないものの、最初から天然の要害梁山泊を叛乱の根拠地と狙い定め、賄賂強奪から入塞までの(それどころかそれ以前の林冲・安道全の入塞からの)計略を、事前に綿密に計画していたというところが特徴的。梁山泊の好漢たちが革命の志を胸に皆同志として結びついているという設定なので、自然とこうなったのでしょう。全てが、計算され理知的に結びついているという印象。
 宋江晁蓋の叛乱を支える経済基盤「闇塩の道」という設定も然り。こんな設定はもちろん原典にはなく、現代経済学に基づく歴史考証があって初めて思いつくものだといえます。北方水滸伝は、ある意味荒唐無稽な原典を、現代人が読んでも納得がいくような歴史群像劇に仕立て上げているのです。また、この「闇塩の道」を支えているのが柴進と盧俊義で、原典ではこの2人がいったいなぜ梁山泊のなかで首領に次ぐ位置にいるのか謎でしたが、梁山泊の経済基盤を彼らが作り、決死で守っていたという設定によって、彼らなくして梁山泊はありえないのだということで非常に納得がいきます。