北方謙三『水滸伝』第3巻

水滸伝 3 輪舞の章 (集英社文庫)

水滸伝 3 輪舞の章 (集英社文庫)

 青面獣・楊志、「替天行道」の旗へ。この楊志という、原典ではかなり適当な扱われ方をされた人物が、北方水滸伝ではかなり重要な役どころを果たします。ネタバレはもう少し後の巻に回そうと思うのですが、第3巻では二竜山の盗賊によって襲われた村の悲惨な状況を目の当たりにした楊志がショックを受け、単身二竜山に乗り込み乗っ取ってしまうという漢気溢れる展開がたまらない。力のない庶民ができないことを、力を持った英雄が彼らのために敢然と行う。古今東西で繰返されてきた物語手法ですが、やはりスカッとしますね。正義感溢れる楊志に強い魅力を感じるようになっています。
 そして印象的なエピソードとして、盗賊に両親を目の前で殺された幼子を楊志が我が子として育てる決意をするところがあります。幼子は「楊令」と名づけられ、実の親を亡くしたトラウマから言葉を失った状態から、楊志夫婦の限りない愛情に包まれて、次第に心を開き、強く育ってゆく・・・。人間味溢れる楊志のキャラクターを存分に読者に伝えることに成功しています。しかし嗚呼、あんなことになろうとは・・・というのはもう少し先の話。
 北方水滸伝で画期的なのは、強大な敵の設定です。宋の内部に「青蓮寺」なる組織が存在し、梁山泊最大の敵として立ちふさがることになります。この青蓮寺は宋王朝のいわば裏の中枢として暗躍しており、表の宋王朝が腐敗と堕落に満ちているとすれば、裏の青蓮寺はその腐りきった宋を立て直そうとして有能な人物を結集させた組織となっています。青蓮寺のトップである袁明は、神宗皇帝時代の「王安石の改革」における新法党に属し、旧法党が支配する徽宗皇帝時代には裏に回らざるを得なかった不遇の人物。彼は王安石の理想そのままに、宋王朝という器はそのままに、内部を抜本的に改革することによって宋王朝を生まれ変わらせることを自らの使命としています。
 つまり、青蓮寺は国の現状を何とかしなければならないと考えている点では梁山泊と一緒ですが、青蓮寺は「改革」によって宋を生まれ変わらせること、梁山泊は「革命」によって宋そのものを転覆させることを目的としているのです。強い志を持った組織同士がぶつかり合うという設定が素晴らしい。強敵同士がぶつかり合うのでなければ、物語は盛り上がりませんよね。その点、原典では優秀な指揮官なしには官軍は紙くず同然に梁山泊にあしらわれてしまい、しかもその将軍たちはたいてい梁山泊にシンパシーを感じて梁山泊側についてしまうのですから、緊張感がありません。しかし北方水滸伝では、例え秦明や朱仝や呼延灼や関勝といった官軍の優秀な将軍が梁山泊に走ろうが、敵である宋王朝は厳然と強大な敵としてその輝きを失わないのです。