北方謙三『三国志』第6・7巻
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やはり『演義』での印象的なエピソードはかなり排除されている。劉備の髀肉の嘆、凶馬的盧、趙雲が守った阿斗を劉備が放り投げるシーン、孔明の大論陣、東南風を祈る孔明、華陽道で関羽が曹操を見逃す場面などなど。
これらのエピソードを排除する代わりに印象に残ったのが、周瑜の扱いだ。『演義』では魯粛とともに孔明の引き立て役に甘んずる周瑜だが、北方三国志では孔明に並び曹操をも凌ぐ時代を代表する戦略家として描かれている。孔明の「天下三分の計」に対抗する周瑜の「天下二分の計」は、『演義』では夢物語のように語られる程度だが、北方三国志では三国時代とは異なるオルタナティヴとして重要な地位を与えられている。
確かに荊州の北半分を呉が領し、劉備と同盟を結んだ周瑜からすれば、益州制圧は時間の問題だった。劉備と周瑜、どちらが先に蜀を取るかによって、三国時代ではなく南北朝時代になっていたかもしれない。周瑜が若くして死に、孔明の勝利が決まった瞬間はまさしく「その時歴史が動いた」のだろう。北方は周瑜の重要性を大きくすることで、歴史小説としてのダイナミズムを生み出したのである。娯楽小説としての面白さは『演義』に譲るが、歴史小説としては北方に軍配が上がるだろう。