北方謙三『三国志』第8・9巻

三国志〈9の巻〉軍市の星 (ハルキ文庫―時代小説文庫)

三国志〈9の巻〉軍市の星 (ハルキ文庫―時代小説文庫)

 8巻の文庫版、はまぞうにないなあ。
 第8巻は劉備の入蜀。個人的に好きだった厳顔将軍の活躍がなくて寂しい。その代わり馬超が主役級の活躍で嬉しい。
 北方解釈で面白かったのが、益州侵攻軍の構成が、なぜホウ統・黄忠といったいわば二番手で、主力の孔明関羽張飛趙雲は残したのかという問題について、五斗米道張魯の脅威におびえた劉璋劉備に援軍を頼んだゆえの益州入りなので、できるだけ劉璋に警戒心を起こさせないために、高名な軍師や将軍を引き連れることを避けたという話筋だ。荊州留守の関羽はともかく、なぜ孔明張飛が行かない? とかねがね思っていたので、疑問が氷解した思いだ。
 第9巻は漢中攻防戦、そして関羽麦城に落つ。孔明の「戦略」がずばり嵌りまくって、一気に長安を落とせる位置まで蜀は勢力を広げる。荊州関羽が行動を起こすことで、曹操は全く身動き取れない状態になる。これが「戦略」の力かと興奮。
 『演義』では戦場での兵略に軍師の活躍の場が与えられていたが、北方三国志では、むしろ優れた軍師は「戦略」を立てることで圧倒的劣勢を挽回し、天下を目指すという描き方をしている。北方謙三は、一見地味ではあるがスケールの大きなやり方で、孔明の凄さをまざまざと見せ付けている。大戦略孔明に対抗できるのは、おそらく周瑜くらいのものだろう。周瑜が死んでしまったので、この時点では孔明の独壇場だ。しかし孔明の戦略を打ち崩し、関羽を追い詰めたのは、魏の新世代の軍師・司馬懿仲達の「戦略」であった。
 北方謙三はこのように、「戦略」という『演義』ではほとんど重視されていない要素を中心に据えることで、新しい魅力を描き出している。以下の巻では孔明と仲達との戦略家同士の戦いが繰り広げられることに期待。