男女トリックの男女比

安眠練炭さん(id:trivial)が出されているテーマについて一考。
男女トリック(性別誤認トリック)の男女比は、きたろーの知る事例の中では「男だと思わせておいて、実は女」というほうが多いように感じます。
とりあえず比率の問題を考えるより前に、男女トリックは何のために用いられるのか、という命題の方が重要ではないかと思います。この手法は叙述トリックの一種ですが、叙述トリックは読者を騙す趣向がほとんどで、トリックが読者に対して開示されたときに小説世界ががらりと反転してしまう感覚を楽しむために用いられます。その場合、隠された情報は小説プロット全体に関係がなくてはなりません。
年齢誤認トリックを使った某作品*1は事件の社会的背景に関係があり、家族構成誤認トリックを使った某作品*2は家族問題に関係があり、名前誤認トリックを使った某作品*3や某作品*4はフーダニットに関係があります。
では、男女トリックの場合は何を目的に仕掛けるのでしょうか? 強いてあげればジェンダー問題を浮き彫りにするのかもしれませんが、この種のトリックでジェンダーを強調する作品にはあまりお目にかかったことはありません。ただ単に「読者を騙す」ためだけでしょうか。どうもそのような気がします。
男女トリックで読者を騙すためには、地の文で、ある登場人物の性別を逆に印象付ける仕掛け(例えば周囲からの視線、職業などの属性、男女どちらとも取れる名前、話しかたなど)を盛り込んでおかなければなりません。そういった仕掛けの結果、ジェンダーのような社会問題が浮き上がってくるという順番のようです。
男女トリックの背景がジェンダーであるなら、その男女比もジェンダー構造に即して構成されるのではないでしょうか。男に対して女は社会的に劣位におかれている、というのが現代日本でのジェンダー構造ですが、そうすると男女トリックは、劣位に置かれた女性が男性であると錯覚させることによって男性に対して優位に、あるいは対等な関係に立つという演出を、表面的には可能にします*5
さらに現代世界では、「女性らしく」というジェンダー的強制が、表面的には緩和されています。「男らしさ」も「女らしさ」もなく中性的なスタイルがもてはやされます。つまり、女性が男性のふりをしても一般社会では違和感がないのです。逆に男性が女性のふりをするとどうでしょうか。「ニューハーフ」などのレッテルが示すとおり、社会的に差別の対象になります。叙述トリックとしては仕掛けにくい構造になるのではないでしょうか。
というわけで「男だと思わせておいて、実は女」の方が現代ミステリでは有効だと思うわけです。
でも、どっちもありのような気もします。難しいテーマですね。

*1:タイトルが長い。

*2:ホラー作品。

*3:どちらかというと「ニックネーム誤認トリック」な超有名作品。

*4:そして誰もいなくなった』をモチーフにした近年の作品、といってもこの種の作品はどれも同じだよなあ(笑)

*5:しかしこの演出によっても実質的にはジェンダー問題を全く克服していないところが、男女トリックを使う際の最大の問題点か。