野庭高校吹奏楽部「音楽は心」

音楽は心

  • 指揮:中澤忠雄
  • 演奏:神奈川県立野庭高校吹奏楽
  • 販売:ブレーン

野庭高校といえば、往年の吹奏楽ファンにとっては他の名門高校とは全く異なるノスタルジーを喚起させる名前だ。指揮者の中澤忠雄氏が就任して2年目にして、超難関の関東支部を突破し全国大会初出場、金賞。流麗かつ繊細な音楽作りは聴衆を魅了し、野庭高校の名を全国にとどろかせた。楽器も満足にそろわない県立高校の弱小吹奏楽部、そこで超人的な合奏能力を作り上げるまでには、過酷な練習の積み重ねがあったわけだが、その詳細は『ブラバンキッズ・ラプソディー』(絶版)に詳しい。しかし1996年、中澤先生は急逝。昨年県立高校の合併によって「野庭高校」は文字通り地上から姿を消した。
まさしく彗星の如く現れ、消えていった野庭高校は、吹奏楽ファンにとって忘れられないバンドとなったのである。全国大会に出場しなくなり、学校も無くなろうとも、彼らの演奏は聴いた人の心に残りつづける。このCDは吹奏楽ファンすべてのそんな思いが結集したものだ。
野庭高校の音源としては同社のレジェンダリーコレクションズがあり現在も入手可能だが、今回は全国大会以外の支部予選での演奏や定期演奏会の演奏まで収録されたCD4枚組みにものぼる「野庭高校吹奏楽部完全版」だ。以下、「レジェンダリー」に収録されたもの以外の演奏の中から印象に残った収録曲を挙げてみる。

コンクールの演奏
吹奏楽のための交響詩「波の見える風景」真島俊夫サンタフェ物語(M.グールド)  
風紋(保科洋)
ルイ・ブルジョワの賛歌による変奏曲(C.T.スミス)
行進曲「マリーンシティ」(野村正憲・藤田玄播)
エル・カミーノ・レアル(A.リード)
そよ風のマーチ(松尾善雄)
祈りとトッカータ(J.バーンズ)
ベリーを摘んだらダンスにしよう間宮芳生般若(松浦欣也)
バレエ音楽「ライモンダ」より(A.K.グラズノフ/林紀人編)   

野庭といえば全国大会で演奏されたリードの作品がまずイメージとしてあるが、それ以外の演奏も素晴らしいものばかりだ。課題曲「波の見える風景」や「風紋」に見られるような繊細かつ流麗なアーティキュレーションの処理は何度聴いても聴き惚れる。また「サンタフェ・サガ」のグールド・サウンド、「ルイ・ブルジョワ」の輝かしいサウンドや曲回しなど、野庭高校がその作曲家・その曲にあわせたサウンド作りを心がけてきたことを窺わせる。
そして圧巻は「エル・カミーノ・レアル」だ。「エル・カミーノ・レアル」はコンクールではそれほど演奏される曲ではないが、人気曲・有名な曲であるには違いない。野庭の演奏は、闘牛士的リズム感や音の効果的な分離、音色の多彩さ、中間部の曲運びなど様々な点で、(佼成などのプロも含めた)あらゆる演奏を凌駕しているように思われる。なぜこの演奏が全国大会に出場できなかったのか理解に苦しむほどだ。
これ以降の野庭サウンドは、これまでとはがらりと変わってしまった。初期の野庭サウンドはどちらかというと個々の音色には魅力がなく、合奏の緻密さと指揮者の音楽解釈の見事さで聴衆を魅了するような、総じて線の細い流麗なものだったと思う。しかし「エル・カミーノ・レアル」以降、個々の音色(特に中低音)が素晴らしく、サウンドビルの厚さと多彩な音楽表現力を身につけたのである。
個々の奏者がきちんと音楽を理解していることは、例えば「ベリーを摘んだらダンスにしよう」を聴けば分かる。この曲はストラヴィンスキーにも似た曲想を持つ難解な現代曲で(きたろーも昔課題曲で吹きましたが)正直スコアを見ても参考演奏を聴いても意味不明なところの多い曲でした。しかしこの演奏を聴いて強烈な色彩感に文字通り目を奪われた。こんな曲だったのか!と目からウロコ。
そうした変遷を持つ野庭サウンドの集大成が1995年、最後の全国大会での「ベルキス」であったことは衆目の一致するところだろう。音色の素晴らしさ、中低音のバランスの良さ、曲運びの流麗さ、ソロの安定感、そしてラストのファンファーレで見せた独自の音楽空間など、野庭高校と中澤先生の名を永遠に吹奏楽史に刻むに相応しい名演でありました。

定期演奏会の演奏
古祀(保科洋)
ブラジル(A.バロッソ/岩井直薄編)
セント・アンソニー・ヴァリエーション(W.H.ヒルユングフラウへの前奏曲森田一浩) 〜委嘱作品〜
二つの交響的断章(V.ネリベル)
ディズニー・メドレーⅡ佐橋俊彦 編)
序曲「アルヴァマー」(J.バーンズ)
吹奏楽のための序章「ラッシュモア」(A.リード)
行進曲「星条旗よ永遠なれ」(J.P.スーザ)

そしてコンクールで見せた素晴らしい音楽作りは、一曲一曲に時間を割くことが難しいと思われる定期演奏会でも、同じように貫かれていることが分かる。このCDに入っているのはその一部だが、やはり初期から後期に向けて音楽的完成度が素晴らしく向上していっている。「セント・アンソニー・ヴァリエーション」をコンクール全国大会の演奏だといって聴かせても、全く違和感はないだろう。「二つの交響的断章」は、きたろーがこれまで聴いた中でもとりわけネリベルサウンドを流麗に作り上げた魅力ある演奏。木管群のブレンド具合にしびれます。ネリベル好きにはたまらないでしょう。
往年の超人気曲「アルヴァマー」もまた、前述の「エル・カミーノ・レアル」と同じくプロよりもいいと思ってしまうほどの名演。サウンドはゴージャスで、中間部の節回しが泣かせる。吹奏楽を知らないきたろーの友人が「ハリウッドみたい」といって驚いていました。往年の吹奏楽ファンが泣いて喜ぶ野庭の「アルヴァマー」、聴き逃すのは絶対損ですぜ。
それから野庭高校が作編曲者の森田一浩に委嘱した「ユングフラウへの前奏曲」も、さすがに委嘱作だけあって気合の入ったいい演奏になっている。曲名に反して曲想はちと暗いが、森田氏の曲は録音が少ないので、貴重な音源になったのではないかと思う。
ポップスもいい。野庭定演の十八番といわれる「ブラジル」のラテン楽器総出な感じもいいが、なんといっても「ディズニー・メドレーII」だろう。曲作りの一つ一つにセンスが感じられ、早い曲もゆっくりな曲もそれぞれの魅力が多彩に引き出されている。本当にディズニーの夢の国に来たような錯覚さえ覚える。
星条旗よ永遠なれ」が最後のサプライズだ。日本のアマチュア吹奏楽はマーチが苦手、といわれて久しいが、本当に優れたバンドは、正統派のマーチで聴衆を虜にすることができるということを思い知らされる。最後のコーダがグランド・マーチ風になっているのがいい。
往年の吹奏楽ファンのみならず、最近楽器をはじめた人や吹奏楽部の指導をはじめた先生など、いろいろな人に聴いて欲しい。4枚組みで少々高いが損をすることはないだろう。アマチュアCDの中では近年にない名盤だ。